2009年 02月 12日(木曜日) 22時 23分

考える

 この2週間のうちに身近な2人が亡くなりました。

 一緒に仕事をしていたじいちゃんが来なくなってからしばらく、元気にしてるかなぁと思っていた頃の訃報でした。
 「今日はいい天気やなぁ」
 ついこの前まで毎日のように天気の話しをし、空を眺めながら一緒にたばこを吸っていたのが今でも嘘のよう。

 「兄ちゃんが亡くなった」
 電話をする度に気にかけていた兄ちゃん想いの友達。僕となら趣味とか話しが合うんじゃないか、友達になってもらえたらなぁ。と言っていた矢先の出来事。

 どちらにしても、僕に何か出来る事があったんじゃないだろうかと思ってしまう。ついこの前、母を亡くした友達に「居なくなってからじゃ、何も出来ない。」なんて言われたばかりなだけに、本当にいろいろと考えてしまう。

 それなのに、何処かで「もう心配しなくていいんだ。」と言う自分もある。その人が優しい人であればあるほど、僕の中でそれが安堵になる。人が死んだのに。

 これはどういう事なんだろうって、しばらく悩んだ。気になっていた事、心配していた物が無くなると安心するのは普通だろう。でも、その代わりに悲しみを知る事になる。後悔もするだろう。だからこれは引き替えなんだと思った。

 それと、もう一つ。どん引きされても構わないが、「僕はいつ死んでもいいや。」と毎日思ってる。でも、まだやり残した事が全部片付いていない。はなちゃんを残して死ねない。と、ほんの小さな事だけど、その為に生かされているだけでも構わない。などと思っている。

 それは全部自分の我が儘だとも思う。

 もう少し広い考え方を出来ないものだろうか。もっと大きな事に命をかけて取り組む事は出来ないものだろうか。今は種を植える時期。だとすれば、何をしたらいいのかも、自ずと見えているはずなのに、最初の一歩が踏み出せない。

 死ぬ気になればなんでも出来る。なんて、死んでからは言ってられないんだ。

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