どうでもいい事かもしれないが
今更ながらネット媒体について。もう一度考えてみましょう。
いい機会だなぁと思う所がありましたので。
僕はネット歴19年です。すでに人生の2/3を「どらエモン」と名乗ってます。まず、ネットの中での「名前(ハンドルネーム)」について。某匿名巨大掲示板では名乗る必要性が発生した場合、コテハンと呼ばれる本人と確認出来るパスワードと共に名乗る事が出来ます。が、その名前も一時的に利用する場合がほとんどかもしれません。場が悪くなれば、改名がすぐに可能であると言う事です。全ての改名が悪い事とは言いません。仕事上の名前は大切なのを知っていますし、親の離婚などで仕方なく変わる場合などに否定はしません。
しかし、ネット内での改名は迷惑な行為だとも思ってます。顔を知らないと誰だか本当にわからなくなってしまうから。それだけでも大変なのに、一人で何人もの名前を操り、自作自演が可能であり、それほど重要ではないと捉えられてしまいかねない事もあるものです。
ネット媒体の特徴は、対人関係が現実社会とは違った形である事を認識しなくてはならないのですが、SNSのような閉鎖的空間の場合を除けば、今もなお、歪みの多い場所である事は変わらないと思っています。
管理人の都合で内容はおろか、コメントの削除も容易。昔と違う所があるとすれば、その書き込みが誹謗中傷、事件を助長させる可能性がある場合などで犯人を特定する事が可能になっているというくらい。たとえ削除してもサーバーログを残す事が義務化されている為、特定は不可能ではありません。表沙汰になっているニュース、マスコミの発表以外の所に、どれだけ埋もれてしまった記事が存在するのか、気の遠くなる程の数である事、その中のほとんどが、「事件」にならない事を理解した上で、つけ込んで書き込みされている事。精神的に追い詰める事が目的となっている場合が多いのが特徴的だとも言えます。
さて、対処法としては、現実社会であれば普通に警察や自治体の施設などへ助けを求める事が出来るのですが、ネットの場合は何処へ通報したらいいのかが確立されていないので、各個人に委ねているのが現状です。まあ、そこがネットの良い所ともとれなくはないのですが。究極はみんながスルーする事。某匿名巨大掲示板がいい例です。
現実社会でそんな事があれば、いじめです。それが対応策となるネット社会。
なんともし難い事なのです。
19年もやっていれば、当然僕も被害者、加害者の経験は少なくともあります。そして文字でのやりとりだけで和解、解決する事はほとんどありません。どちらかが折れるまで続くのみ。
自分が加害者なんだと認識した場合、管理人様には誠意をもって謝罪をしましたが、その後はアクセス禁止、相手サイトの移転・閉鎖、そのサイトの利用者からの苦情、嫌がらせ、荒らしと呼ばれる行為を受けたりもしました。当時は身を隠す事しか出来ず、自サイトの更新も1年間休止。2005年の日記が全くないのはそのせいでもあります。
が、考えてみれば、追いやったのも自分だが、サイトを荒らされたのも自分なわけです。結局どちらもが被害者になってしまうという事があり得るんです。匿名が故に、第三者から見れば、被害者も加害者も関係なく攻撃相手となってしまう。そんな混沌とした世界だとも言える。
さて、それとは別に、何故ネットに留まるのか。と言うと、大変便利な事が多いからです。情報のほとんどが容易に手に入り、買い物も、銀行振込も、地球の裏側に居る人との会話も、ゲームも、エロも、動画も。その便利さと、対人関係の境は何なのかと言えば、企業か個人か。その程度なんだと考えてます。
僕が、自分の事しか日記に書かなくなったのも、ネット内でそんないざこざをいつまで続けるんだと自問自答した結果の事。ニュースや時事ネタを学生の頃は、「明日、友達に会ったらこのネタを話してみよう。」とか「今日のアニメのここが分からなかったからどう思ったのか明日聞いてみよう」って、会話を楽しみにしていた。顔は見れなくても、電話で声を聞いて話しをしてたと思う。
日記に書いて喜ぶのとはなんか違う気がした。
mixiを退会したり、日記を書かなくなる人が増えたのも、なにかを無くなってしまう事があると言う事を知ってしまったからではないのかな。
そんな人が多いのかもしれない。
さて、この半月の間の日記は・・・。ま、いっか。
レンタルスペースでの秋祭りも終わり、新しい生活、新しい事への挑戦に向けて、着々と進んでおります。
月末の引っ越しにお手伝いで来てくれる人達に、ありがうの感謝でいっぱいです。そして、本当によろしくお願いします。



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